Vol.61

2026.02.04

「南極への玄関口」の巻

プンタアレナスを出て、マゼラン海峡を抜けた。
本家本元のマゼランとは、逆方向の西から東へ。
 
ついに大西洋だ!
よし、ここからは温かいところへ——
 
……と思ったら、
 
なんとー!
船は、さらに南下しはじめた。

まだ行くん?!
 
⋯もちろん、
予定が変わったわけではありません。
 
私がちゃんと
調べていなかっただけです(笑)

船は、ビーグル水道へ。
 
その名は、この海域を調査航海した
イギリス海軍の帆船「ビーグル号」に由来。
 
若き日のダーウィンもビーグル号に乗りこの地を訪れ、
景色の美しさに感動したという。
 
山々の間を縫うように進み、
ついに到着したのが——
 

ウシュアイア!

ここからは国境を越え、アルゼンチン。
 
「世界の果て(fin del mundo)」は、
ウシュアイアのキャッチフレーズ。
 
「南極への玄関口」として知られる街。
 
南緯約55度。
南半球は、真夏。なのに、寒い!
 
夏の平均気温は10度ほど。
しかも一年を通して風が強く、
 
海風が顔面に突き刺さる。
体感温度、さらに急降下〜!

20世紀前半まで、
ここには重罪人などを収容する刑務所が置かれ、
流刑地として使われた歴史もある。
 
最果て。
寒い。
風が強い。
孤島。
流刑地。
 
なかなかパンチの効いた土地だ〜。

ウシュアイアがあるのは、
ティエラ・デル・フエゴ島の南端。
 
「ティエラ・デル・フエゴ」とは、
スペイン語で「火の大地」。
 
その名の由来は、
またしてもマゼラン。

1520年、
マゼラン海峡を航海していた一行が、
対岸に点々と燃える火を見たことから、
 
この地は
「火の大地」と呼ばれるようになったという。
 
その火を焚いていたのは、
フエゴ島で暮らしていた先住民たち。
 
ただし、何度も言うけど、
マゼランは、この南端の地に上陸したわけではない。
 
通っただけ(笑)
 
そんな厳しい自然の中で暮らしていたのが、
セルクナム族やヤマナ族をはじめとする
フエゴ島の先住民たち。
 
陸でグアナコ(南米に暮らす野生のラクダ科の動物)を追って暮らした
セルクナム族。

カヌーで海を渡り、
魚や貝、海獣をとって暮らした
ヤマナ族。
 
特にヤマナ族は、
小さな火を絶やさず、
風を避けられる簡素な住居をつくり、
寒さをしのいでいたという。
 
生活の場所も方法も違うけれど、
どちらもこの過酷な環境に適応し、
独自の知恵と文化を育んできました。
 
古い写真を見ると、
わずかな毛皮しか身につけていない人や、
ほとんど裸に見える人もいる。
 
この寒さで?
 
一方、現在の街でも、
私たちがダウンジャケットに
首をすくめて歩いている横を、
半袖姿の地元の人が
平然と通り過ぎていく。
 
身体の初期設定が、
どうやら違う(笑)


 

さて、この日はPEACEBOATのツアーに参加。
バスに乗り込み
「ティエラ・デル・フエゴ国立公園」へ!
 
 
 
ガイドさんもパンチがきいてる⋯(笑)
まずは、
アシガミ湖(Lago Acigami)へ。
 
以前は「ロカ湖(Lago Roca)」と呼ばれていた、
アルゼンチンとチリにまたがる氷河湖。
 
森。
湖。
雪をかぶった山々。
 
風は冷たいけれど、
空気は澄みきっている。
 
 
 
 

 

 
そして、
 
「世界の果て(fin del mundo)郵便局」へ。
 
海に突き出した桟橋の先に立つ、
小さな、小さな郵便局。
 
   営業してる?(謎)
すこし移動〜
 
気分は、
パタゴニア・ミニトレッキング!
ラパタイア湾へ。
 
アラスカから17,848km、
南北アメリカ大陸を縦断する
パンアメリカン・ハイウェイの
南の終点。
 
道の終わり。
大陸の終わり。
 
まさに世界の果て。
 
 
 
ついに私たち、
道がなくなるところまで
来てしまいました〜
 
 
目の前には、
ゆうゆうとそびえる山々。
 
海と森と山が、
一つの景色の中に全部ある。
 
いや〜、
カッコイイ!
 

ラパタイア湾へと続く湿地の向こうに、
堂々とそびえるセロ・グアナコ(Cerro Guanaco)。
 
 
 
山の名前にまで使われてるグアナコ
↓こんなやつ。
 
PHOTO BY 松井章 

 

 

世界中から来てるね〜
ちょっとお土産〜
 

 
ツアー終了!
 
出航までは、
まだ時間がある。
ということでーー

ウシュアイアの街へ!
 
 
 
 
 
…と、
港を出て、
海岸線から振り返ってみたら、
 
え?
この船たちは?!
 

 
調べたよ!
 
❶写真の左奥にいる大きな船が、株式会社ジャパングレイスが企画・運営する、ピースボートクルーズの客船、われらが「パシフィック・ワールド」。
 
❷その左手前に見える濃紺の船体の小さな船が、アルゼンチンの探検クルーズ会社、アンタープリー・エクスペディションズAntarpply Expeditionsが運航する南極探検船「ウシュアイア号」。もともとはアメリカの海洋調査船で、
現在は耐氷構造を備えた南極探検船として活躍。乗客は最大約90人。
 
この船に乗って、
南極へ行ってきたメンバーがいる!
 
1月22日、カヤオで 下船。
飛行機でウシュアイアへ向かい、 そこからウシュアイア号に乗って 南極へ。
 
そして今日 無事に帰ってきました〜
おかえりなさい!
 
船を降りて、
飛行機に乗って、
南極船に乗って、
再び世界一周船へ。
 
なんとも壮大な、
寄り道です(笑)
 
ちなみに、
その寄り道代金(PEACEBOATオーバーランドツアー)
 
180万〜250万円なり。
 
 
話をもどしーー
 
❸パシフィック・ワールドの右手前にいる、白く細長い船は、
フランスの船会社PONANTが運航する、南極を航海するクルーズ船。「ル・リリアル」。全長約142メートル。客室にはバルコニーがずらりと並ぶ、めっちゃ優雅な探検船。
 
❹さらに右側にいる黒っぽい船体の船は、ドイツのハパックロイド・クルーズが運航する「ハンセアティック・スピリット」。全長約138メートル。乗客は最大約230人。南極や北極を巡るラグジュアリー探検船。
 
つまり、この写真——
 
世界一周船に、
南極探検船が3隻。
 
豪華な船、
4隻そろい踏み〜!
🚢🚢🚢🚢

この日、港にはほかにも、
南極を航海する探検船が集まっていたそう。
 
さすが「南極への玄関口」
 
ここから南極まで、
およそ1000キロ。
 
私たちも、
ずいぶん遠くまで来たね〜。
 
あ、あんなのも浮かんでる!
ジョニー・デップ乗ってへんかな?(笑)

 
 

 
午前中は、少しどんよりしていた空も、
午後になると、どんどん晴れてきた。
 
お散歩日和〜!

海岸沿いには、
南極探検に尽くした人々の胸像が並ぶ
「南極探検家の遊歩道」。
 
私が寄り添っているのは、
アルゼンチン空軍の飛行家
マリオ・ルイス・オレッサ。
 
南極を見つめる英雄たちに混じって、
私も南極方面を見つめてみました(笑)

港から延びる街路は、
碁盤の目のようで歩きやすい。
 
通りには、
お土産屋さんがずらり。
 
ネタは豊富。
 
ペンギン。
クジラ。
南極。
世界の果て。

そして、ときどき、
ウルトラマン、
 
……ではなく、セルクナム族(笑)
 
 
この姿は、普段着じゃなかった。
よかった。ほっとした。(笑)
 
成人儀礼「ハイン」で、
男性たちが神話の精霊に扮した姿。
らしい。
 
身体を赤・白・黒に塗り、
人間離れした模様や仮面をまとって、
この世ならざる存在を表現していたという。
 
つまり、
最果ての精霊だった。
 

みればみるほど、愛おしい。

 

これまた、パンチが強い(笑)
 

 
 あちらこちらをのぞき、
 
 山を見て海を見て、
 
 ぼちぼち満足して、帰船。
そして、その日の夕方。
 

山々。
海。
港。
空。
船。
街。
 
そこに暮らす人々。
そのすべてが、
夕日の中で一つになっていく。

 

この旅、
ランキングベスト3に入るほどの
見事な夕日でした。

ここまで連れてきてくれて、
ありがとう。
 

NEWS

船室のテレビでは、
「NHKワールド」が見られる。
 
今日は、2月3日。
 
日本からは、
寒波のニュースが届いている。
 
日本も寒そうだけど、
こちらも南半球の真夏とは思えない寒さ。
 
南国から、
一気に極寒へワープだもんね〜
 
縦に長いチリを、
上から下まで走り抜け、
 
さらに南へ。
さらに南へ。
 
ここ半月、
私たちの身体は、
気温差への適応能力を試されっぱなし。
 
……と思っていたら、
 
船内では、
インフルエンザも流行中。
 
検査で陽性になると、
船内で「隔離病棟」と呼ばれている船室の一角へ移され、
陰性になるまで部屋から出られないらしい。
 
こわっ。
 
久しぶりに会った人に、
「ご無沙汰〜!」
と声をかけたら、
 
「昨日まで隔離されてました……」
って。
 
見えないところで、
いろんなことが起きている船内。
 
ひ〜〜〜。
 
人生も、
旅も、
やっぱり、
カラダが資本!
 
ここからは、
少しずつ温かくなるかな⋯。
 
 
最果ての地、
ウィシュアイア。
 
絶景と、
ヒーローと、
極寒をありがとう!
 
🌀To Be Continued🌀

  LIST  BLOG TOP  MAIN