さて。
ここでちょっと、
イースター島、そしてモアイについて振り返り。
モアイって、
海に向かって立っているんでしょ?
外敵とか海賊から島を守るために、
海をにらんでいるんでしょ?
……と思っていたら。
違いました〜。
真逆。
モアイは、海をにらむ
「防衛システム」ではなく、
村を見守る
「祖先の見守りシステム」だった。
像そのものを神として拝むというより、
祖先、とくに有力者の霊威、つまり守護パワーを宿して、
共同体を見守ってもらう。
ざっくり言うと、
祖先崇拝、祖霊信仰寄りらしい。
だからーー
・海ではなく、内陸や集落の方を向いて立っている
・祭壇《アフ》の下には、お骨が入ることもある
・しかも実は“目”があった(はめ込み式)
いま島にあるモアイの目は、
失われたり、散逸したり。
「目を再現したモアイ」が
タハイに一体だけいる。
これがね、
目が入った瞬間、
急に“人格”が立ち上がる感じがする。
怖い。
……良い意味でね。
「見られてる感」が、急に増す。
それから、モアイって、
ずっと神々しく立ち続けていたわけではない。
いろんな歴史があって、
倒れ、倒され、壊れ、盗まれ、捨てられ。
考古学なんて概念がなかった時代には、
わりと雑に扱われたこともあったらしい。
そして近年になって、
ようやくその価値が見直され、
保護活動が進められてきた。
いま島にあるモアイや遺跡は、
ざっくり言うと、いろいろ混在している。
・オリジナルのままのもの
・修復、再建されたもの
・発掘後、風化を防ぐために再び土に埋めて保存されているもの
・レプリカ
などなど。
オリジナルは、
いまも少しずつ風化している。
風化についても、ちょっと調べてみた。
まず、モアイ本体の灰色の岩。
多くのモアイ本体は、
ラノ・ララクの凝灰岩でできている。
凝灰岩とは、火山灰が固まった岩。
やわらかめで、多孔質。
つまり、雨、風、潮風、塩にさらされると、
表面が削れやすい。
顔の彫りや、道具の跡も、
だんだん丸くなり、少しずつ消えていく。
ただし、胴体が土に埋まっていた像は保存状態が良いなど、
置かれた環境によって差が大きいらしい。
そして、赤い帽子。
あれは帽子というより、
髪を表しているとも言われ、
《プカオ》と呼ばれている。
素材は、プナ・パウという場所の赤いスコリア。
これも多孔質で、
欠けたり、粉っぽくなったりしやすい。
赤くて目立つけれど、
コケや地衣類によって、
見え方が変わることもあるそう。
そして、モアイの“目”。
白い部分はサンゴ。
黒い瞳は黒曜石、オブシディアン。
場合によっては、赤い石の瞳もあったらしい。
像が祭壇に立ったあと、
最後の仕上げとして、目が入る。
目が入る。
つまり、
「生きた顔」になる。
祖先パワー、発動。
……みたいなイメージ。
だから、“目ありモアイ”は気配が変わる。
↑重さ、肌触り、パワー、etc...
伝わってくる何かが全部違う。
そして、イースター島と日本は、
実は関わりが深い。
香川・高松のクレーン会社《タダノ》が、
倒れていたモアイを起こす修復に協力し、
1990年代に、アフ・トンガリキの15体再建へ。
その感謝の印として、
イースター島の長老会が日本でのモアイ復刻を特別に許可。
景観がイースター島に似ているということで、
宮崎県の日南海岸が選ばれ、
アフ・トンガリキさながらの7体のモアイが並んでいる。
サンメッセ日南↓
近藤家も、一昨年、会いに行ってきた。
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さらにもうひとつ。
宮城県の南三陸町では、
1960年のチリ地震津波の縁から、
チリとの交流が続いているそう。
そして2013年には、
本物の石でできた“目入りモアイ”が、
復興の象徴として贈られたんだって。
日本に帰ったら、会いに行ってみよう。
昨日、ツアーの最後に、
現地ガイドさんがいってた。
「みんなが手作りで彫ったモアイ像
ぜひ買ってってください!」
……ということで。
モアイ君、
連れて帰ります🗿
祖先の見守りシステム、
我が家にも導入!
ーーで、ここからは近藤家のリアル。
張り紙も貼らずに家を出てきた。
シャッターが閉まったままのコーヒー屋。
早朝に、どでかい荷物を引きずって、
2人で出かけていく姿を見た近所の人は、
きっと思っている。
「あれ? コーヒー屋つぶれた?」
「あれは……失踪やな」
と、勝手に都市伝説を育てているにちがいない。
モアイ君。
帰宅したら、近藤家の守護神として、
風化したダーズカフェ復興に、
どうかお力をお貸しください。
……いや、復興の前に。
まずは「夜逃げ説」の鎮火。
ついでに「倒産説」も。
守護神、初日から仕事量が重い。
モアイ君の目力に期待🗿。